喝采/ちあきなおみ

獨白

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喝采/ちあきなおみ  作詞:吉田 旺 作曲:中村泰士

まく

いつものように 幕があき

こい うた    わたし とど   しら

恋の歌 うたう私に 届いた報せは

くろ

黒いふちどりが ありました

さんねんまえ と       えき のこ

あれは 三年前  止めるあなた駅に残し

うご      きしゃ       と  の

動きはじめた汽車に ひとり飛び乗った

まち  ひる

ひなびた町の 昼さがり

きょうかい  まえ                               もふく

教   会の前に たたずみ 喪服の わたしは

いの ことば    な

祈る言葉さえ 失くしてた

 

しろ  かべ

つたがからまる 白い壁

ほそ   なが  お          わたし

細いかげ長く落として ひとりの私は

 なみだ    わす

こぼす涙さえ 忘れてた

くら  まち あい しつ はな       わたし

暗い 待 合 室  話すひともない私の

みみ わたし  うた     とお

耳に     歌が 通りすぎてゆく

        まく

いつものように 幕があく

ふ               なか

降りそそぐライトの その中  それでも わたしは

きょう こい うた

今日も恋の歌 うたってる

離別(イビョル)

引文

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離別(イビョル)
作詞:吉屋潤
作曲:吉屋潤

時には 思い出すでしょう
冷たい人だけど
あんなに愛した 想い出を
忘れはしないでしょう
青い月を 見上げ
一人過ごす夜は
誓った言葉を 繰り返し
逢いたくなるでしょう
山越え遠くに 別れても
海の彼方遥か 離れても

時には 思い出すでしょう
冷たい人だけど
あんなに愛した 想い出を
忘れはしないでしょう

あなたの噂を風が
運んで来る夜は
寄せては返す淋しさに
心を揺らすでしょう
流れ行く月日が
すべてを変えるでしょう
たとえ二人の炎が
燃えつづけていても
山越え遠くに 別れても
海の彼方遥か 離れても

時には 思い出すでしょう
冷たい人だけど
あんなに愛した 想い出を
忘れはしないでしょう

赤い夕陽の故郷

引文

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1 呼んでいる 呼んでいる
赤い夕陽の 故郷が
うらぶれの 旅をゆく
渡り鳥を 呼んでいる
馬鹿な俺だが あの山川の
呼ぶ声だけは おーい聞こえるぜ

2 呼んでいる 呼んでいる
赤い夕陽の 故郷が
なつかしい 面影の
ひとつ星も またたくよ
小麦畠は ふたりの夢を
ひそめているか おーい今もなお

3 呼んでいる 呼んでいる
赤い夕陽の 故郷が
涙ぐみ 背のびする
渡り鳥を 呼んでいる
雲よ行くなら おふくろさんに
思いをせめて おーい乗せて行け

夜空

引文

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詞:山口洋子 曲:平尾昌晃

——こ      い     ほしぞら つづ       まち
あの娘    どこに居るのやら    星空 の 続く      あの町あたりか

ほそ     かぜ  くちぶえ        こい    きず
細 い    風 の口笛 が      恋の     傷あとにしみる

———————–こい                  あ        あ            いちど
あー あきらめた     恋だから      なおさら     逢いたい      逢いたい     もう一度

よる        ひと
夜 は      いつも 独 りぼっち

那位姑娘是在哪裡啊 是在星空相連的那個城市嗎
微風中的口哨 沉浸在戀情的傷痛中
啊-只是個已經絕望的戀情罷了 卻更加想見你 想再一次見你
夜裡 總是 孤獨一人

 

 
——こ     かえ        なが ぼし  の         よ
あの娘     帰っておいでと      流 れ星 に乗せ      そっと呼んでみた

 
だれ   こた        しろ     はな ち
誰 も      答えはしないよ       白 い     花 が 散るばかり

 
————————ゆめ             さび    さび       むね
あー とどかない       夢だから      なおさら      淋しい     淋しい     この 胸よ

 
よぞら      とお は
夜空         遠 く 果てしない

那位姑娘 請回到這裡來吧 乘著流星回來 輕聲呼喚著
可是卻無人回答 只有白花四處飄落著
啊-只是個無法實現的夢罷了 徒增孤寂 寂寞 充滿此心中
夜空是如此 遙遠 無止境

第二章 「八田屋」的少年

八田與一,石川縣河北郡今町村被稱為「八田屋」的富農八田四郎兵衙的五男。母親サト出身於石川縣潟律字西蚊爪,是西田又兵的長女。

今町棧在金澤巿東北方六公里,盛產稻米和花卉的地方,曾有「越後今町產絹地,加賀今町產花地」的歌詠。

八田從小就是在家中舉行的「講」或「御座」之下長大;「講」就是真宗門徒每年數次定期聚集在一起聆聽僧侶說法。
「御座」則是由個人隨時邀請僧侶前來說教。
體驗佛教虛無的思想和有關純體驗的講義。「覺、哲、悟」由建造嘉南大圳工程時,八田深深領悟並加以力行。

八田有一些部落出身者的朋友,一起吃飯一起玩耍,家人提醒時,八田:「同樣是人,並無區別」。相較於大部分的日本人看不起台灣人,他這種沒有種族歧異的個性,正是深受台灣人尊敬的原因。

與一自花園普通小學校畢業後,進入森本普通高等小學校,三年後再進入金澤巿石川縣立第一中學校。1900年八田與一十四歲時喪父。

1904年3月與一自一中畢業。他最拿手的科目是數學,考上第四高等學校大學預科二部工科,四高所學對他日後影響很大,此時日俄戰爭開始。

1907年就讀東京帝大工科大學土木科。他遇到了可以讓他的夢想實現的廣井勇教授。廣井勇教授:「如果要造橋,就要造可以讓人安心走過的穚。」 ;並引述青山說的話:「我生命的的目的只有一個,就是為人類做事,死而後已。」。

深受青山的薰陶,八田有著「人不應該為了做官或地位而工作,應該是為造福後代而工作」。他知道想做大工程,就必須有最新的知識和技術,他從調查過去的事例之後加以創作而革新。

對於八田而言,日本內地無法讓他發揮,一定會被器量狹窄的人排斥,於是他選擇距離東京二千公里的台灣。

第三張 台灣

台灣狀似地瓜的小島,氣候分為雨季和乾季,陽光和水都很豐富的島嶼。大約有七成皆為山地,平地很少。

台灣登上歷史的舞台,是明代未年進入十七世紀時的事情。相當於日本江戶時代初期。當時台灣既未被任何國家統治,也不是任何一個國家的殖民地。

島上住著多數馬來系的原住民、唐山渡海來台的漢人及倭寇後裔極少數日本人,對他們而言台灣不過是一個賴以維生的富庶島嶼,三者和平共存。

荷蘭人視台灣為中國與巴達維亞東印度公司的補給站,結合原住民於1624年在安平建築兩座城堡,以後37年間壓倒性支配漢人及日本人。

1661年鄭成功選擇台灣做為反清復明的基地,趕走荷蘭人。

鄭成功的母親是日本平戶田川氏的女兒,鄭成功是台灣人英雄,在普羅民遮城的廟宇內,母子一起被供奉

清兵收復台灣結束33年鄭成功時代,清朝視台灣為蠻荒之地,並未建設台灣,統治台灣212年只是防止台灣叛亂。

 

台灣有「三年一反,五年一亂」的說法,大亂就有16次之多,小亂不計其數,但是因為台灣的物產豐富,許多由福建、廣東兩省的漢人,冒著危險以小舟橫渡台灣海峽而來。開墾耕地,形成安平、鹿港、淡水、鳳山及恆春等城鎮。清朝也將台灣由福建省獨立出來,升格為台灣省。

1894年帝國主義的日本發動日清戰爭,1895年簽署馬關條約,將台灣及澎湖諸島割讓給日本。

台灣人不能接受清廷戰敗,卻割讓台灣,對象還是禁止蓄髮、鴉片及纏足的日本,祖先留下的生活文化須接受到異族的支配。

反對日本人統治的台灣人,推薦唐景崧為總統,定國號為『台灣民主國』,定年號為「永清」,製作國旗國璽,宣告獨立。

從清廷將台灣移交典禮由台北移往基隆外海的「橫濱丸」船艦上的舉行,不難看出台灣人反應的激烈。

14個月後日軍以優勢軍力佔領最後據點台南巿,建立的『台

 

灣民主國』至此終告結束。

 

日本佔有台灣時,面臨四個頭痛問題:

第一、     土匪的抵抗。

第二、     不受支配的原住民。

第三、     吸食鴉片的惡習。

第四、     瘧疾、霍亂、鼠疫及阿米巴痢疾等傳染病。

首任樺山資紀、第二任桂太郎、第三任乃木希典總督時代是剿匪時代,設備現代化,僅完成基隆到高雄的鐵路。

第四任總督兒玉源太郎,重用後藤新平, 後藤為解決鴉片的問題,推行「專賣事業制度的確立」,同時著手設立醫院、整備上下水道等加強公共衛生設施,開始撲滅傳染病。

後藤認為經濟獨立自主乃是台灣邁向現代化的首要之事,除了增產台灣米和烏龍茶輸出,強力推行礦坑、水力發電、築港、海運政策,推動近代化政策。有了這些成果,台灣的經濟變得豐裕,可以自給自足,「台灣特別財務獨立」的政策於焉成功,在後藤的大力經營之下,有著「吃錢島」的台灣,竟然被稱為「日本的寶庫」。後藤能有這樣的功績乃是兒玉總督絕對信賴和支持,可說是「有兒玉才有後藤,有後藤才有兒玉」。

佐久間為第五任總督,更加專心致力於推動台灣的現代化,主要成就有:基隆、高雄的建港;阿里山大森林的開發及高山族的理蕃事業,著手「理蕃事業五年計畫」。

八田在此時正踏上台灣的第一步。

烏山頭之旅

お さん とう     ふう こう めい みび
烏 山  頭 だむは 風  光 明  媚 で す ね

みんな いつ しよ   はつ た      けい ねい
皆  一  緒 で  八 田 さん に  敬  禮 し ま す

か なん たい しゆん  せ かい い さん   とう ろく
嘉 南  大  圳  は 世 界 遺  產 に 登  錄 し ま す